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ども。

国内のボウルゲームは今週日曜日に甲子園ボウル、月曜日にJAPAN X BOWLが行われ、学生、社会人のチャンピオンが決まった。昨年に引き続き、学生は関学が、社会人は富士通がそれぞれ連覇を達成した。富士通は4連覇で、関学もこの4年間で3回の学生日本一に輝いている。最近アメフトを知った人が、ライスボウルとはこの2チームの定期戦のことを指すのではないかと勘違いしてもおかしくない状況だ。そしてその結果は、決まって富士通が勝つと言うところまで刷り込まれているかもしれない。

昨年は52-17で富士通の勝利。まるで大人と子供の勝負だった。この両者の対戦に限らず、ライスボウルの勝敗は近年、学生が全く歯が立たない状況が続いており、最近はライスボウルの意義が取り沙汰されている。直近で最も学生が肉薄したのは立命館がパナソニックを追い詰め、終盤の4th downギャンブルで劇的な逆転負けを喫した2016年と、関学が終盤、リードした状態でインターセプトを決めるも、僅かな時間で富士通に逆転を許した2015年の2試合だ。いずれも学生の可能性を存分に感じさせる内容だったが、学生の勝利と言う「結果」には至っていない。学生の勝利は2009年の立命館(vsパナソニック)まで遡らなければなく、ここ10年は社会人の勝利が続いているのだ。特に富士通の連覇時代に入ってからはかなり一方的な内容が続き、「真の日本一を決める」という位置付けに疑問提起がなされるようになった。昨年は試合終了後、関学の鳥内監督も学生の安全面からライスボウルの枠組みを考え直すときに来ていると明言していた。2003年の夏合宿で死者を出してしまった当事者が発する言葉だけに重みがあった。

学生フットボールファンである私個人としては、Xリーグを4連覇していることからも、単純に富士通だけが強すぎるのであって、他の社会人チームが相手であれば学生はまだ渡り合えるのではないかと言う僅かな可能性にすがりたい気持ちがあるのは本音だ。だからこそ今年はパナソニックに頑張ってもらい、その検証の年にならないかと思っていたが叶わなかった。

今年も盤石の王者富士通に対し、試合巧者の関学が挑む構図になるが、甲子園ボウルとJAPAN X BOWLを見比べれば、レベルの差は歴然であった。なんなら今年の甲子園で社会人を唸らすプレーを見せたのはどちらかと言うと敗戦した早稲田の方だ。もっと言えば、関西リーグで優勝しながらプレーオフで敗れた立命館のプレー(特にディフェンス)にもそういった要素はあった。

早稲田は学生屈指のパサー柴崎と、同じく学生No .1レシーバーのブレナンによって何度も甲子園の観衆の度肝を抜いた。対する関学ディフェンスはこの個の能力に有効な手を打てず、結局点の取り合いの展開になってしまった。試合後、元京大監督の水野弥一氏が「早稲田はもっとブレナン一辺倒でよかったのではないか。私なら彼と心中するつもりで臨んだ。」という趣旨のコメントを残すほどだった。関学は立命館との戦いにおいても、独走こそあれ、オフェンスドライブを継続して得点に結びつけたのは一度だけであり、随所に強烈なタックルを見せつけた立命館フロント陣の方が目立っていた印象さえある。

これまで関学は組織力と周到な準備で相手の個を粉砕してきた。関学が圧倒的な個の力を見せつけたシーンはあまりない。先の2校に比べて関学が観衆を湧かすのはプレーの多彩さやその完成度。言いかえればプレー全体で驚嘆と感動を与えるチームと言える。「素人に分かりやすい活躍をする早稲田、立命。玄人好みの関学。」そんな表現もできるかもしれない。

もちろん関学がその高い完成度を試合で実現するためには、各プレーヤーに一定レベルの個の能力が備わっていることが前提となっているが、相手が社会人王者となれば、求められる基準はまた一つも二つも上がることになる。ここ最近のライスボウルではそれが及ばず勝負にさえ持ち込めなかったと言うのが実態だ。今から1月3日までに個人能力が大幅に伸びるわけではない。従ってその差は緻密な戦略とそれを遂行する完成度で勝負するしかない。ただそれだけでは例年と同じ結果しか見えてこない。

関学は過去30回学生日本一になりながら一度しかライスボウルを制覇できていない。その一回と言うのは2001年度のアサヒ飲料との対戦だったが、この年にはQB尾崎、TE榊原、DL石田など、単独で社会人と渡り合えるタレントを複数擁していた。そして彼らがベンチの想定を上回る活躍を見せたことが勝利に大きく貢献した。パントフォーメーションから榊原自らの判断で行った中央突破や、尾崎の1人リバースとも言えるQBキープの独走、石田のファンブルフォース。あの当時と比べて今の社会人のレベルはさらに上がっているので単純には比較できないが、少なくとも勝負できる人材がフィールド上で味方も驚くような活躍をすることが勝利の必要条件のように思う。

今年の関学でそれを期待できる人材の候補は今のところ、RB三宅とWR阿部辺りだろうが、JAPAN X BOWL を見た限り、「良くて互角」という印象しかない。これは別の側面から見ると歴代関学の伝統的なチームカラーとして組織力、統率力を重んじるがあまり、個の能力の解放にブレーキをかけてしまっているのではないかとも思う。ライスボウルでは、少なくともこの二人はチームを意識しすぎず、自分の能力を信じて、ある程度身勝手な判断で、自ら勝利への活路を切り開くプレーを期待したい。ベンチも二人にその自由を与えてほしい。それこそ関学に足りなかった最後のピースになる予感がする。

一方、試合を作るために最大の鍵を握るのは、甲子園でブレナンにいいようにやられた関学ディフェンスのワイドユニットである。富士通はブレナン級のレシーバーが3人並んでいると思っても過言ではない。勝って当たり前の立場の富士通としては、早稲田に苦戦していた関学DB陣に対し、序盤からロングパスで仕掛けて、早々に試合を決めてしまいたいという思惑が働くだろう。それに対して関学はいかに守るか。エースレシーバーの中村クラークにダブルカバーと言う奇策も考えられなくはないが、他のレシーバーへのマークが薄くなるリスクをどう見積もるか。そもそもダブルカバーを敷いたからと言って中村に抜かれない保証もない。ファンとしては大胆な策を見てみたいところだが、現実的にはやはりパスの出所を狂わすしか選択肢はないか。

その他、関学が勝機を見出だす上で、効果的な策を労せる可能性があるとすればキッキングゲームである。パントフォーメーションやFGフォーメーションからのトリックプレーは複数用意しているだろうが、それを繰り出すためには最低限のフィールドポジションを確保したい。とは言え、陣地挽回のためにクイックパントを選択するというのは個人的にはないと思っている。あっても一度あるかないかではないか。ディフェンスが絶対的劣勢の中、オフェンスがいかに時間を消費して相手のオフェンス時間を削れるかと言うのが、関学にとってこの試合大きな要素となってくる。費やせる時間を1プレー分犠牲にして先に攻撃権を譲るよりは、3つ(時によっては4つ)の攻撃権を駆使してダウン更新を重ねられる可能性にかけた方がよいと見ている。

また、関学はこれまでの試合、リターンチームによる大技は繰り出していない。今回キックオフリターンの機会はある程度覚悟しなければならない。となれば、ラテラルやリバースなどハイリスクハイリターンの奥の手を用意している可能性は高い。特に一芸に秀でたノーマークの下級生が活躍すると学生のテンションは上がり、場の空気も変わるのではないか。

キッキングに限らずスペシャルプレーは決まることも大事だが、その流れで得点できなければ全く意味がない。スペシャルプレーを決めたのに無得点と言うのは、決められて失点するより精神的なダメージが大きい。特にアップセットを狙うチームは「やはり無理なのか?」というネガティブ思考に支配されてしまう。

と、ここまでは関学がライスボウルでいかに戦うかの夢想を続けてきたわけだが、正直、今年はもっと根幹のところで少し違和感を感じている。それは関学側のライスボウルに対するスタンスである。もちろん勝利を目指して準備を進めているはずだが、いつもと空気感が違うように感じる。学生で敵無しだった数年前は、新チーム始動当初から「社会人に勝つ」ことを目標と掲げ、度々明言してきた。甲子園ボウルで勝利しても「まだ通過点」と言う空気があり、控えめの歓喜が印象的だった。しかし今年は、新チーム始動後も社会人に勝利することについて声高に発する場面はなく、甲子園で早稲田に勝利したあと、笑顔を爆発させ鳥内監督まで笑顔で記念写真に応じた。監督の退任が決まっていたことや早稲田への苦戦を乗り越えたことも大きく影響しているとは言え、今までにない光景に、今年の関学はここが最終目標だったのだと思えてしまった。

前述した通り、昨年のライスボウル後、鳥内監督は実力差の乖離と学生の安全面を危惧して、ライスボウルの枠組みに疑問提起をした。その監督のもと、今年のチームが学生王者を目標とし、ライスボウルではこれまでの取り組みを出し切り、悔いなく安全に終われればそれでよいと割りきっていても不思議ではない。実際、ライスボウル勝利を目標として掲げることは途方もないハードルであることを、ここ数年体感し続けているチームだからこそ、そういう決断に至ったとも考えられる。

実際のところ、内部の人間でない限り関学のモチベーションはわからない。ひょっとしたら、明言していないだけで、実はライスボウルに照準を合わせていると言う可能性も無いわけではない。ただこの違和感は不気味であり、何か予感めいたものを感じる。鳥内監督の最終試合は、ライスボウルと学生フットボールの在り方を左右する分岐点となるような気がする。